vol9

<落日:山中湖:2月>
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     <落日:山中湖:2月>
 
 
 

<沈むダイヤ・・・山中湖の法則>
 
「2月の上旬、駿河湾から湧き上がる水蒸気は、北風により富士山の南麓を駆け上り、やがて山頂付近の冷気に冷やされ雲となり南側の稜線にまとわりつく。大寒を過ぎた厳冬期の凍てつく大気の中でも、無風日以外はこの現象がつきまとう。表題「落日」の撮影日は、快晴で雲ひとつない黄昏時、見事な夕日が富士山の頂に沈んだ、数年来、待ちに待った瞬間である。初めて日没のダイヤモンド富士を目にする者は、沈む刹那の短さに驚く。山頂にかかった太陽は、まさにまたたきをする瞬間に姿を隠す。22年ぶりに全面氷結した湖面に輝く落日である。」
 
ダイヤモンド富士は、富士山の山頂部と太陽が重なって生じる光学現象である。皆既日食の際の「ダイヤモンドリング」になぞられ、太陽がダイヤモンドのように美しく輝いて見える為こう呼ばれる。いつどこでも見られる訳ではなく、富士山頂から西側の南北35度以内の範囲では日の出時に(昇るダイヤモンド)、東側の南北35度以内の範囲では日没時に(沈むダイヤモンド)、気象条件が揃った日だけ見られる光景である。
 
西側の代表スポット田貫湖では4月と8月の午前6時頃、東側の代表スポット山中湖では、10月から2月迄の午後4時前後に毎年観測出来る。太陽と地球の距離は、約1億5,000万kmと離れており、余りにも遠い為、太陽は毎年同じ時間に同じ位置から昇りそして沈む。地球の自転速度は、田貫湖・山中湖両撮影ポイントの緯度で約秒速380mであり、富士山頂を通過する瞬間は極めて短い。
 
ダイヤモンド富士を撮影する場合、色々の撮影方法があるが、一般的には如何にして山頂の中心に太陽を置くかが勝負の分かれ目となる。田貫湖の場合は、市販のガイドブックがあり、詳細な日時のデータが(太陽が頂上にかかり昇る日数は5日ほど)が記載されている為、比較的分かり易い。勝負は意図する位置に太陽が、いつ現れるかを的確に割り出す事が出来るかどうかである。一方山中湖の場合は、10月から翌年2月迄と撮影期間が長い為、幾度かのロケハンが必要となる。撮影の位置取りに関してはスペース的に余裕があり、田貫湖ほど陣取り合戦はシビアではない。現在、田貫湖のダイヤモンド富士は余りにも有名になり過ぎ、観光バスで全国からカメラマンや観光客が押し寄せるほどになった。ベテランカメラマンはこのような混雑を嫌い、最盛期には足を運ばなくなる。
 
一方の山中湖のダイヤは、天候条件をクリアすることが非常に難しい。撮影が夕刻になる為、駿河湾の水蒸気に起因する雲の発生が頻発するからである。午後4時近くになると、海上よりの湿った空気が頂上付近の寒気に触れ雲となる。唯一、一段と冷え込みが厳しく、尚且つ無風の日だけがチャンス日となる。秒速380mで沈む夕日を、山頂の真ん中で捉えるのも至難の技である。夕日は徐々に沈みゆく軌道が目の前に見えている為、それを目で追いながら推測し、最適な位置取りをすれば良いのだが、それがまた難しいのである。
 
ある日、その位置取りの難しさに終止符を打つ方法を考えついた。日没後、山頂の中心に沈んだポイントが正面となるよう、対角線上にしっかりと位置を確認し、それをA地点として目印をつけ、翌日にもう1度同じ作業を繰り返し、中心に沈んだ立ち位置をB地点とする。要するに、A地点とB地点の間隔を歩測し、前日から自分の歩幅で何歩中心ポイントが移動しているかを測れば良いのである、私の場合は、90歩であった。(勿論、人の歩幅は個人差がある)。但し、撮影日2日間が天候に恵まれ、夕日の沈む位置が視認出来なければこの方法は使えない。よってしっかりした天候予測と幸運が必要となる。
 
山中湖では、10月に始まるダイヤの中心点は、2月まで毎日東の方向に移動して行く。(長池湖畔からスタートし、平野の浜に至る)よってある日の太陽が真ん中に沈んだ立ち位置さえ正確に分かりさえすれば、1日ごとに東の方向に湖畔を90歩ずつ移動すれば良いのである。勿論、湖岸の形状によって歩数をアレンジする必要はある。後にこの測定方を「山中湖歩幅測定法」と名付けた。(他にも自己の撮影体験から生まれた「法則」めいたものが幾つかあるが、また機会があったらお話しよう)。
 
この方法が見つかり、撮影できたのが「落日」である。折しも22年ぶりに山中湖が全面氷結した年であった。湖面の氷は徐々にひび割れ、緩んで岸に押し寄せようとしている貴重な瞬間であった。この日、近くにカメラをセットし待機していた山中湖在住のプロカメラマンも、微妙に山頂の中心を外したようだ。
 
次にダイヤモンド富士で重要なのが、撮影時の露出である。フィルム時代の話になるが、美しい光条を撮影する為には、マニュアルで固定の露出にセットしないと思ったような光条は写せない。「落日」の場合の露出は、ISO50のフィルムを使い、標準レンズでF5,6の1/60 秒である。それ以外の露出では綺麗な光条は表現出来ない。またオートモードでの撮影は厳禁である。太陽だけに露出があった周囲が真っ黒な写真となってしまう。
 
最後に、太陽が放つ光条の本数も写真のイメージを大きく変える。この場合、レンズの絞り羽の枚数が光条の本数を決める要因となる。偶数の絞り羽のレンズは、その羽の枚数がそのまま光条の数となる。例えば8枚羽のレンズでは、光条は8本出る。一方、奇数の絞り羽のレンズは、羽の枚数の倍数の光条が出る。例えば5枚羽のレンズでは光条は10本となる。光条の数の好みは個人差があるが、私は少なすぎず多すぎずの10本が好みである。参考の為「落日」撮影に使用したレンズは、ツァイスのプラナー80mm f 2,8である。勿論、レンズの設計が優れているほど、光条の切れも良い。
 
近年のレンズ絞り羽の主流は、デジカメ時代の到来により、9枚が一般的であり、柔らかいボケ味の写真が撮影出来ることを最大の利点としている。しかしながら、ダイヤモンド富士撮影の場合は逆効果になってしまう。9枚羽のレンズは奇数の為、倍数の18本の光条を放つ。まるで富士山頂に巨大な雲丹(うに)が乗っているような写真になってしまうのである。こうなると、太陽の位置どこの問題ではなくなり、写真其の物として成立しなくなってしまう。
 
もし富士山撮影に極意があるとすれば、それは次の3項目かも知れない。
 
(1) イマジネーションを育む、弛まない情報収集。
(2) 科学する心。
(3) 強い目的意識。
 
*偶然探し当てた「山中湖歩幅測定法」・・・山中湖の沈むダイヤモンド富士をものにしたいと狙う諸君は、是非一度試してみては如何だろうか。
 
 
 

vol8

         山中湖:「中心を外すダイヤと雲の発生」
 
 
 

vol9

  田貫湖:「笠雲とダイヤ」
 
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  山中湖:「中心を外すダイヤと雲の発生」
 
vol9

  田貫湖:「笠雲とダイヤ」