vol8
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<真夜中のジェット・ヘリ・・・極寒の山中湖>
 
「バリ バリ バリッ・・・!」 深夜の凍てつく湖畔に響く重低音。
 
ジェット・ヘリの発する金属的な破裂音、圧倒的な低周波が耳をつんざく。黒い影は2機、山中湖の上空を2周旋回して東の方向に消えて行った。多分自衛隊の訓練飛行であろう。基地は横田か?
 
コックピットから深夜の山中湖はどのように映るのだろうか?赤外線ゴーグルで見る眼下の湖は、モノトーンで無味乾燥な世界なのだろうか?パイロットの視線の先を思わず想像する。2周目の旋回が始まった。パイロットは操縦桿を左にきり、強烈なGを肌に感じ、無心に視界の中の一点を見つめる。
 
許された者にしか味わえない手応え。ガスタービンエンジンが発する強烈な浮揚感、プロペラの回転音の重いリズムが身体の芯を震わす。孤独な深夜の天空ドライブ、微かな優越感に浸る瞬間がたまらない。何故かそんな光景が浮かんで来る。
 
氷結した湖面とすり鉢型の湖畔に反射して、なお一層、爆音は鋭く闇を切り裂く。清澄な大気と深い静寂感、極寒の山中湖でなければ味わえない臨場感である。原始の自然と最新鋭兵器の競演、なんとも不思議な取り合わせか・・・
 
 
撮影の手を休め対岸の灯りを見つめているその時、予期せぬ光景との巡り会いに私の胸はときめいた。研ぎ澄まされた真冬の大気に炸裂するターボシャフトの破裂音、目の覚めるような音圧、なんとも刺激的な体験であった。
 
海抜約1,000メートルの山中湖は、南アルプスの赤石岳と緯度が変わらず、富士五湖の中で一番冷え込みがきつい。大寒を過ぎ2月の上旬になると、深夜は零下20℃まで気温が下がる。駿河湾より吹き上げる水蒸気は、富士山頂をなめるように山中湖に下り、その寒気が湖畔を冷やす。車中にある濡れタオルはコチコチに凍り、バックミラーには氷柱が下がる。全身にホッカイロを隈無く張り、ダウンジャケットを重ね着し、防寒ズボンを二重にはき、発熱性アンダーウェアなどで完全防備しても、顔だけは切れるように痛い。眼鏡も自分の吐く息ですぐに視界を失う。
 
皮手袋をして撮影準備をするが指先の感覚はない。カメラのバッテリーは低温で消耗しやすくリモートタイプに変え防寒袋に入れる。カメラ本体はフードを被せ防寒対策をする。三脚は霜で真っ白に光り、金属部分は極限まで冷え、物が触ると密着してしまう、万一素手で握ろうものなら大怪我をするだろう。それはまるで山中湖という巨大な冷凍庫の中で撮影をしているかのようだ。私はこんな撮影を好んでした。
 
極寒の大気は水蒸気の粒子を細かく縮ませ、これでもかというほど澄み渡る。すり鉢状の湖畔は鎮まりかえり、僅かな物音でさえ集音マイクのように拾う。湖面の氷のきしむ音が不気味に湖畔に響く。対岸の灯りの眩しさも半端ではなく、刺すような放射光を放つ。
 
かつて22年ぶりに全面氷結した湖畔の夜間撮影も経験した。湖面の氷結が緩み始め、岸辺に打ち寄せられた氷の厚さは20cmを優に超えていた。折しも満月の夜、氷塊のバルブ撮影を試みた。その断面の美しさは例えようもなく、鋭利な金属にも似た輝きを放っていた。
 
「さやけき」という言葉がピッタリな青白く澄み切った満月の光、極寒の厳冬の大気。この身を切るような緊張感がたまらない。
 
<Lake of Moonlight:山中湖:2月>
 
凍る湖に立つ。氷のきしむ音が不気味に闇に響く。
湖畔の灯りが眩しく光り、鋭く瞳を刺す。
霊峰の懐に抱かれ、静かに眠る「さやけき月影の湖」
 

vol8
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